第2章 0.
「ハルカ、ここから逃げるぞ!」
本格的にジーナス博士に壊されてしまう前に、俺は華奢な手を掴んで走り出した。背後からは火災で耐えきれなくなったガラスが盛大に割れる音と、それによって俺たちには運良く、相手には運悪く直撃したであろう、博士のクローンの悲鳴が聞こえる。
進化の家では俺が既に暴れたせいか、サイレンが鳴り慌ただしい。俺は何度も致命傷を負ったが、死ぬ事が出来ないから傷つく度に何度も傷は癒えた。
昼でも夜でも進化の家では蛍光灯が室内を明るくする。けれども今日はもっと明るい火が照らしていた。外は宵闇。闇に紛れてこんなクソッタレな施設から出来るだけ遠くにハルカと逃げよう。こんな場所にいたら、俺と違ってハルカは死んでしまう!
どんな実験をされていたのか分からないが、俺がぐいぐい引っ張らないと走って来ないハルカはとても疲れているようで眠そうな目をしていた。
聞いたところ、9歳くらいだと言う。誕生日も分からないけれどそれくらいなのだと言う。彼女は孤児院で育ち、ジーナス博士に連れて来られた養子って奴なんだと博士に聞いた。
そんなハルカに身の危険が迫っていたから、俺は脱走をしようとした。
こいつをただ一目見たくらいなら俺自身にも危険が伴う事をわざわざしないと思う。脱走を企てても、こんな子供と一緒になんか逃げなかっただろう。
そんな俺その気にさせたのは、そんなに長い期間でもないけれど一緒に過ごした僅かな時間だった。何度も殺される俺の、辛い実験の日々を癒す時だった。
……俺自身は女の子にどう接したら良いのか、どんな話題を出せば良いのか全く分からなかった、けれど。ただ一人でいるより話し相手がいるなら、それくらいだったのに。
進化の家からようやく外に出ると、空調機器ではない自然の風がほんのり冷たく、俺たちを迎える。辺りは真っ暗で背後の炎で足元には俺とハルカの風がゆらゆらと伸びていた。
後ろからは追っ手の来る足音が聞こえる。博士のクローン達が迫って来ている。もしかしたら怪人も含まれているかもしれない。もし怪人が居たら、俺は不死身だからともかく、こいつはどうなってしまうのか。簡単に想像ができた。
握る小さな手をぎゅっと強めた。どちらのとも言えない手汗で少しだけ滑る。