第72章 70.
『…ねぇ、今日は帰るの?』
途端に淋しくなった。
もっと一緒に居たい。話すのもいいけれどただ隣に居るだけでも十分に嬉しい。のに、あと少しでゾンビマンはきっと帰っちゃうんだろうな。
隣を歩き、ぼんやりと見える顔を見上げた。街灯がしばらく無くて、頼りない月明かりが照らす表情は良く分からない。きっと、いつものように眉間に皺でも寄せているんだろうか?
「なんだよ、それ。誘い文句か?」
『その、…明後日また会えるけどさ。淋しいっていうか…』
カチン、と金属の音。シュッという擦る音と共に明るくなる視界。煙草を吸うのではなく、ただ明かりのためにライターを使ったようだ。
オレンジ色の炎がゆらゆらと揺れて、緋色の瞳と目があった。その瞳に映るライターの火は当人の情熱そのもののようだ、と私には思える。
「お前、本当イイ女になったよな」
「はぁ?」
訳が分からなくて短い言葉が出た。
可愛らしさなんてない。フブキのような、程よく突き出た胸はない。色っぽさなんてない。清楚でもないし、純潔を守りきれていない。そんな女のどこが。
「けど、警戒心がちと足りねぇな。狼なんぞ家に泊めて良いのか?」
満月の狼は凶暴だぜ?とゾンビマンはニヤリと笑みを浮かべる。
狼なのは知ってる。このゾンビマンが世間でいう、草食ってやつなワケがない。
『私は、良いよ?66号だから』
「まじかよ…」
激しく踊る炎の先で驚いた様子のゾンビマン。炎は消え、金属音がした。ライターを仕舞ったんだと思う。
大きく、長くため息をハァーーっと吐かれ両肩にバシンと手を強めに置かれた。