第57章 55.
メモを破り、ゴミ箱へ放る。膝からメモの束とペンが滑って床に落ちた。
『やっぱり、いい。もう、いいよ……
もう知りたくない!傷つきたくない!』
「お、おい…!」
隣にいたゾンビマンの胸にしがみついて泣きついた。こんなに体も心も脆いのは私がクローンで失敗作だからかもしれない。そう思うと余計に涙が溢れた。
次第に声を上げて泣き始めた私。そんな私の背に回された手は背中をさすり、時折優しく叩いた。
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この前みたいに涙が出っぱなし、なんて事はなくしばらくしたら落ち着いてきた。
もう涙は止まったけれど、しばらくさすったり優しく叩いている。私は顔を上げた。
「ん、少しは楽になったか?」
『うん、凄く』
再び顔を埋める。煙草の煙と、少し汗くさい。焦げ茶色のシミからは血の香りもした。
『脇差、ありがと。後で指導頼むよ』
「お前の頼みなら、いつでも教えてやるよ」
どれ、と言ってそっと立ち上がったので、密着していた体が離れる。額に、胸に在った体温が少しずつ空気に拐われ失われていく。
たまらず私も立ち上がって、ゾンビマンに抱きつく。さっきよりも広範囲に体温を感じられる。
『帰る前に、今だけはぎゅっとしてって』
ね?と見上げる。ゾンビマンは口元を片手で抑えて黙った。
気味が悪かったのか、しつこかったのか…そろそろとゾンビマンの背に回した腕の力を緩めた。
「ハルカ、それは誘ってんのか?そういうの、やめろ。効く。俺の理性が弾け飛ぶだろ」
顔色が悪いゾンビマンが少しばかり顔を赤くした。
「ま、これくらいはしてやる」
そう言いながらゾンビマンはしっかりと私を抱きしめて額に口付けを残し、「またな」と言って私の部屋を出ていった。
ゾンビマンの居なくなった部屋に少しだけ、煙たい残り香。空間と私の服に染み付いている。その事実だけで確かな体温と優しさを思い出して私は笑みと、悲しみではない一筋の雨を零した。