第36章 34.
『やめろ、やめてくれゾンビマン!』
「っクソ!」
呻くような博士の声がピタリと止まり、博士がその場でドサリと膝を着いた音がした。
私の目で見てはいない。けれども博士が私に与えた風でまるで見たように情報を得た。視覚や聴覚の一種、感覚器程度の風を吹かせたからだ。
私の視界は滲み始めていたから状況は分からない。
『思い出や淡い期待を持っていた私が馬鹿だったんだ。初めから雷に撃たれた私を指名した…博士は最初から実験体として受け入れるつもりだったんだろう。
それに、77号という名前を貰った時点で親子関係は切れているんだ。
あんたはここに来た目的を忘れたか?今日はクローンについて聞きにきた…なあ、そうだろ!?なら用事は済んだんだ、帰るぞ』
すたすたと来た道を戻ろうと私は茶の間を出た。
後ろから慌ただしい足音と、ゾンビマンの「けどよ、このままで良いのか!?」という叫び。
──来なければ良かった。
期待を持たなければ良かった。ゾンビマンは博士は研究から離れたと言っていた。
だからもしかしたら、普通の家族の様に一緒にまた住んだのかもしれない。
もしかしたら、笑い合って食事をしたり雑談をしたり、いってきますお帰りなさい。そんな普通のやりとりをするのかもしれない。
もしかしたら、私がジーナス博士という呼び方から父親として呼ぶかも知れなかった。お父さん?父さん?親父?とうちゃん?どんな呼び方だったのだろう、私の理想の父ジーナスは。
もしかしたら。
もしかしたら…。
期待を高く積み上げる事はしなかった10年間。
そうだ、こうならない為に期待を、希望を、夢を諦めたんだ。
積み上げられた頂きから、足下が崩れた後は真っ逆様。絶望だ。来た時の温かい気持ちはもう萎えてしまった。私が急激に積み上げてきた足下がバランスを崩し、私は堕ちている。気持ちが寒い…
ズカズカと早足で玄関に来た私の肩を掴むのはゾンビマン。
直ぐ近くから声か聞こえたから。
一方、ゾンビマンの後ろから近付くのろのろとした足音もあった。
『10年前の短い時間でしたが、お世話になりました』