第2章 逢瀬
秀吉は眉間に皺を寄せる綾が何となく面白く、笑いそうになる頬を何とか動かさずにした。
そして朱里の後ろへと乗り手網を掴む。
「揺れますから、手網をちゃんと持っていてください」
そう伝えれば頷きが帰ってきて、秀吉はそれを合図に馬を走らせた。
最初は怖がるかと思ったが以外にも楽しそうに見える。
馬に乗るのは初めてでは無いのだろうか。
そう考えながら安土の城下へと繋がる森の道を駆けていけば、川などが見えてくる。
「朱里殿は、馬に乗られた事はありますか?」
質問をすれば頷きがまた帰ってきて、馬に乗ったことがあるのが判明する。
馬に乗った状態で筆談は無理なので頷きか、首を横に振るだけの会話が続いた。
「城下で上手い和菓子を出す茶屋があるんです。若い娘にも人気で…気に入ってくれれば良いですが」
城下の娘達と文を交わした際に、何処の茶屋の和菓子が美味いという情報を手に入れていた。
秀吉にとって女性と茶屋に行く事は初めてではないが、ちゃんと下調べはしている。
「朱里殿は餡蜜はお好きかな?」
コクン…
頷いたのを見て、秀吉は甘い物は嫌いではないのだなと思いながら彼女の表情を見て少し目を見開いた。
楽しげに少し微笑む朱里。
純粋にその姿は愛らしいと思えた。
会ってまだ三回目ぐらいだが、普段彼女の表情は乏しい。
なので微笑む姿を見たら驚いてしまう。
(ウリや子犬を抱えた際もこんな表情をしていたな…)
何が楽しいのだろうか。
馬が好きだからだろうか、それとも城の外に出たからだろうかと色々考える。
(外は…楽しい。城は息が詰まる感覚があるから)
朱里は純粋に城の外に出れた事が嬉しかった。
息が詰まる様な感覚が無くなるし、何より父も母もいない。
綾がいない事は少し残念ではあるが。
「そろそろ城下に着きますよ」
秀吉の言葉に朱里は下を向いていた顔を上げて、目線を真っ直ぐにする。
目線の先には店や家等が見えて、そして賑やかな声が響渡っていた。
「ここからは歩きましょうか」
先に降りた秀吉が手を差し伸ばす。
少し戸惑った表情を浮かべた朱里だが、オズオズと手を伸ばしてそれに重ねた。
そして秀吉に少し引っ張られる形で馬から降りて、お礼代わりに頭を下げる。