第86章 ノスタルジー
生まれたばかりの赤ちゃんは外に出られないから、私とお留守番。別に一切お世話ができない訳じゃないけど。
二人きりの空間は不安そのものだったから、桜くんと春風さんが来てくれて嬉しかった。
「ねー、霧雨さん。おはぎくんはどこにいるの?外遊びに行ってるとか?」
「……おはぎは」
桜くんはキョロキョロと辺りを見渡す。
「…いなくなっちゃったの」
「えっ!?」
「いなくなったって…」
私は頷く。
「実弥が誰かに預けたらしいんだけど、その人もいなくなったの。アマモリくんが探してくれたけど見つからなかったんだって。」
「……えぇ、なにそれ…。なんでそんな怪しい人に預けたの?」
「おはぎがその人から離れなかったんだって。」
「あ、あんなに人見知りの激しい子だったのにですか…?」
……おはぎがいないと聞いて私も悲しかった。
でもいないものはいない。悲しいけど、探そうと思わなかった。
おはぎを預かったその人のことを近所の人に聞いても誰も知らないと言った。
「誰なのかわからないけど、おはぎがついていったのなら大丈夫なんじゃないかな。」
「……まぁ、二人が納得してるなら…」
「………」
納得なんてできてないけど、寂しいけど。
「………おはぎはきっといつか戻ってきてくれる。」
「…待ってるの?だから縁側に座ってるの?」
「……………」
そんな希望を抱いて、すがり付いて、今はなんとかこの家にいる。
そうでないと理由がない。
「霧雨さん…」
桜くんは小さく私の名前を呼んだ。
…もう不死川だから霧雨じゃないんだけど。でもそれは私に染み付いてるものだから、無理に訂正はしない。
「でも…もうすぐ大雨が降るんだよ。知ってる?この前より大変なことになるって。このお家も対策した方がいいよ。」
「今なら私たちがいますから、でこることはやりますよ。」
春風さんは頼もしくそう言った。
……大雨とかそんなことも、私の中ではどうでも良いことに思えた。