第98章 今こそ別れ目
「じゃあ、もう良いかな。出ておいでよ。」
ふわっと、優しいそよ風が吹いた。生暖かくて、気持ち悪く感じた。先ほどまで誰もいなかったはずなのに、優鈴の隣に一人の女性が現れた。
その人の顔を見て全員が沈黙する。
「お久しぶりです。初めましての方もいらっしゃいますね。」
空気を読まずに、“私”は話し始めた。
「霧雨です。」
彼女が名乗った瞬間に面白いほどみんなが私を振り返った。そしてまた、“私”に目を向けた。
「………そんな」
冨岡くんが震える声で言った。
「死んでなかったのか…?」
生きていた、ではなく死んでなかったと言うあたり、目の前の私を快く思っていない証拠だ。
優鈴は“私”が生きていたことを喜ばしいことだと思っていたようだが、それは彼と私の仲が良く、適切な距離にいたからだ。
そうでなかった人たちからすれば複雑きわまりないだろう。
「霧雨ちゃん、どういうこと!?」
「………。」
「ねぇ説明して。黙ってちゃ分からないのよ、あなた、どういうことなの。アレは、鬼よ。鬼なの。でもどうして、あなたの姿をしているの?」
興奮を無理におさえた天晴先輩が、途切れ途切れに言葉を投げてくる。
「…私です。」
なるべく大きな声で答えた。
「あの鬼は私です。私は死なずに大正時代からずっと生きていたんです。」
天晴先輩が息を呑んだ。
「で…でも、太陽の下にいるのに、何で?鬼って夜にしか生きられないのに。」
阿国が私と“私”を見比べて言う。
「…そもそも知らない人がいるし、細かく説明すると……」
私は全て話した。
桜くんの薬のこと、鬼の弱点を克服していること、人を食べないことなど。
一つ一つ話すうちに、どんどんとその場の空気は凍りついていった。
「く、くすり?ええと、先輩、それを飲んで、鬼になったって、自分で?」
蜜璃が青ざめた顔で言った。
「そんなの隊律違反、ですよね?そもそもどうして鬼に…う、嘘、ですよね。先輩みたいな優しい人が、鬼になるなんて…!!」
期待するような眼差しに逃げたくなった。
実弥の手を離して、自分で自分の手を握り合わせた。
今すぐ消え去りたいくらい、怖かった。