第85章 無色透明
赤ちゃんを布団の上に寝かせて、実弥は台所にミルクを作りに行く。
その間もウゴウゴと手足を動かす赤ちゃんを見ているとなんだかホッとする。
実弥がいなくなった途端、死んでしまうのではないかと不安だった。
もし明日実弥が病気になったらどうしよう。そうしたら私が面倒を見ることになる。親として当たり前なのに、できる気がしなかった。
私も大きい赤ちゃんみたいに、実弥に面倒を見てもらっている状況なのに。
「ああん、あああん」
「……」
あんまりにも泣くものだからちょっと不安になって近づいた。
顔を覗き込んで頬に触れると、ピタリと泣き止んだ。
「あー?」
「……何?」
「う」
赤ちゃんはじいっと私を見上げる。まるで『お前誰?』と言わんばかりに。
「………」
本当にこの子が我が子なのか。
顔を見ると不安になる。本当に私が親なのか。私が親でいいのか。こんな母親で苦労しないのか。
「抱っこしてみるか」
気づくと実弥が哺乳瓶片手にそこにいた。
「……うん」
その時、魔が刺したみたいにやってみようと思った。
最初は実弥が支えてくれていたけど、最後は彼も手を放した。
ズッシリと重い。
あったかい。あとなんか牛乳みたいな匂いがする。
「……」
初抱っこだ。今更だけど。
「う、」
「…」
「ううあああー!!」
赤ちゃんは急に泣き出した。
それにびっくりして実弥に渡そうとすると、彼はそのままでいいと言った。
すると赤ちゃんは口を開けては閉じる…口をぱくぱくさせる動きを繰り返した。
「ミルク探してるんだな」
「…わ、わたし、出ないんだけど。もういい、実弥抱っこして。」
そして最後は実弥に任せた。
「よかったなァ、母ちゃん頑張って抱っこしてくれたぞ。」
「う、う」
実弥は優しくそう言った。
赤ちゃんは親のことなどつゆ知らず、哺乳瓶に吸い付いた。