第85章 無色透明
病院から赤ちゃんと一緒に退院して、私は一度もといた家に戻った。
でもすぐにまた田舎に帰ることになった。
もといた家で何をしたかと言うと、結局何もしなかったというかできなかった。
実弥は前から計画を立ててくれていたみたいで、晴れて育休を取得。どれくらいの期間かとか話してくれたけど記憶に残ってない。
最近は記憶が曖昧だ。些細な物事が覚えられない。実弥にそう言ったら何でもかんでも壁にかけたホワイトボードに書いてくれるようになった。
でも読む気力もない。
そう言ったら実弥は別にいいと言った。
毎日ソファーの上でぼうっとして過ごす。テレビはうるさいから嫌い。実弥にベッドから追い出されてリビングに行ってソファーに座ったらもう動かない。
石みたいだなーと自分でも思うけど動けなかった。
で、結論から言うと…。
引きこもりの無職になってしまったわけです。
実弥は甲斐甲斐しく赤ちゃんのお世話をしていたんだけど、私は眺めるか放置してるか。
手続きも実弥がやって、私は首を縦に振っただけ。
名前はもともと2人で決めてたからそれで確定したけど。
都会じゃのんびりできないだろう、と実弥が言ったのでこうして田舎に戻ってきたわけだ。
ここでもやっぱり私は引きこもりの無職なわけで。
「おぎゃあ、おぎゃぁあ」
「おうおう、どうしたァ?」
実弥は楽しそうに赤ちゃんの世話をしていた。
……仕事しまくっていたおかげで無駄にお金はあるわけで、私は必要最低限のことをしてダラダラ過ごしていた。
ともかく私は赤ちゃんと2人きりになれなかった。
育児能力なし。
正式にその烙印が押されるまで時間はかからなかった。
それでも実弥は文句ひとつ言わなかった。
「腹減ったんか」
「うう〜うう〜!!」
「よし、よし」
私は縁側に座り込んで一日中日光浴をするだけだった。
実弥が赤ちゃんの世話をしているのがよく見える。