第84章 黎明
それから数日、私は相変わらずセミの抜け殻のようにぼうっとしていた。
赤ちゃんのお世話は…する、けど。おむつ変えたり、したり。渡されたミルクあげたり。
でも抱っことかはする気になれなかった。
本当に落としてしまいそうだった。
いや、わざと落とすなんてことはしないけど。
(抱っこすらする気がなくなって、途端に腕から力がなくなったりして、それで落としたらどうしよう。)
それをわざと落としてるって言うのなら、わざとなんだろうな。
でも絶対にそうならないっていう確信が私の中になかった。
病院の屋上のベンチでぼうっとただ景色を眺める。
久しぶりの外だった。
誰にも何も言わずに出てきてしまった…。まぁ怒られてもいいや。
後先考えるのは元々苦手だ。
雨の被害がひどかったと聞いたが、怪我人も死人もいなかったらしい。建物の損害は多少あったらしいが。
病院もそんなに高い建物でもないし、雨のせいで景色も綺麗とは言えない。
見ていてどうにかなるものでもないが、とりあえず外に出たかったからこうして出てきたのはよかったのかもしれない。
ベンチの背にもたれかかってただ空を見上げる。…ああ、あの雲なんだっけ。なんていう雲だっけ。とかなんとかつまらないことを考える気力はあるけど、部屋に戻る気合いが出てこない。
そもそもこんなにやる気がないのにどうやってここまで来たかも謎だ。
…そしてそれを考えるやる気がもはやない。まじでセミの抜け殻だ。いや、セミ以下……。
「楽しい?」
すると、突然誰かがストン、と隣に座った。チラリと視線を向けるとそこには優鈴がいた。
「そうやってぼうっとして空見てるの楽しいかって。」
「……ううん。」
「だろうね。そんなオーラしてた。なにも考えてない感じ。」
相変わらず袴姿の彼は私と同じように空を見上げた。
「赤ちゃん放り出して何やってんのかと思えば、こんなことね。」
「…うん。」
「看護師さんパニックだったよ。俺が様子見てきますって言ったら落ち着いてたけど。」
「うん。」
私はぼうっとしてその話を聞いていた。今何を言われても右から左へと流れていきそうだ。