第83章 月霞
巌勝は力が抜けたように、ため息をついた。
「…私は後悔はしていない。」
私はうなずく。
「だが何がしたかったのかわからないときがあるのだ。」
心の内に、闇を抱えているのはみんな同じだ。
そうして死んでいく。
「…正真正銘これで終わりか。」
「……私も、もう動けません。」
「………はは、死ぬときまで私は負けるのか。」
巌勝は笑った。
「……は、はは…笑えるなら、上等でしょう」
彼の隣に私も倒れた。
「最期が私の隣とは気の毒な奴だ。」
「…そう、思うなら…動いてくれますか」
「…無理…だ、な」
お互い、口数が減っていった。
ごうごうと燃える炎は勢いを増していく。
「………朝が来る…」
巌勝がつぶやいた。それまで意識はしていなかったが、どうやら地獄にも空があるらしい。
太陽が、ゆっくりと登ってきていた。
輝いていた。
私たち二人を、一瞬にして照らした。
傷だらけの私たちに、確かに光は降り注いだ。
「……空って…こんなに、青いのですね…」
太陽が輝き、空は青く、とても暖かい。
「……きれい…」
思わずこぼした。
手を伸ばしてみるも、届くはずなど無く。
何人の人が血を見ても、朝は必ず来る。
死した人が待ちわびた朝が来る。
すべてが輝き、新しい朝が来る。
伸ばした手で空気をつかむ。
「……」
巌勝の声だけが聞こえた。もう、顔を見ることもかなわない。顔はただ空だけを見上げ、首は動きそうになかった。
「まだ…届きそうか…?」
「……わたし…」
その言葉に、涙がこぼれそうになる。
「………今、生きていたいって思ってしまった…」
夜明けの空に手を伸ばし、私は泣いた。
朝は何度でも来る。
私が死んでも。
私がいない朝が来る。