第83章 月霞
私のいない朝はきっともっときれいだろうな。
私がいることで誰か苦しむのかな。
そんなこと考えていたけど、違う。
私がいることで一番苦しむのは私だ。
「死にたくない」
気づけば口からこぼれ出ていた。
「……そうだな」
巌勝の声が聞こえた。
「まだ、死にたくない」
炎が燃えている。
私たちは今にも体を焼かれようとしていた。
「巌勝」
「」
私は空に挙げていた手をおろした。巌勝の方に手を伸ばす。
私の手に何か触れた。
なぞると、ゴツゴツとした骨張った手に触れた。
巌勝の手だ。
暖かい。
「死ぬときは一緒に行ってやる。」
「…ありがとう」
私は笑った。
手を取り合う。
誰かが隣にいると思うと落ち着く。
死ぬ間際になって、思い浮かぶのは彼だった。
実弥。
_________私たち、一緒にいるべきじゃなかったね。
そう思うのに。
それなのに。
思い浮かぶのは君と過ごした時間。
好きだよ。
愛してるよ。
でも。
私は変れなかったよ。
ご先祖様含めて、私の家族は強情だ。
こんな私のこと、君はまだ好き?
もうどこにも、どこにも居場所がないよ。どこにも行くところがないよ。
______実弥
君と一緒がいい
______もっと、もっと、大事な気持ちを伝えれば
私の大切な人たちはいなくならなかったのかな?
優しいあなたが大好き。
すぐ怒るところも大好き。
甘えたでも、ぶつかってきても、全部大好き。
嫌いになんて、なれないんだよ。
でももうぐちゃぐちゃだ。
私は、あれ以上の愛情の伝え方を知らない。自分がいないことこそ、君の幸せだと本気で思った。
私だってもう耐えられないから。
「まだ生きているか」
「…ええ」
「……そうか。」
巌勝はぎゅっと私の手を握った。
「戻りたいな、」
夜明けがまぶしい。
どこに、とかどうして、とか。そんなことはわかっていた。
私はただただその言葉にうなずいた。
「戻りたい…ッ!!!」
炎が燃える。
ごおごおと音がして、やがて私たちの体を包み込んでいった。