第83章 月霞
「正義感の強い女性だった。」
黒死牟はつぶやく。
「だが私は側に置いた。」
「後悔しているのですか?」
「あぁ。だが、何度繰り返しても私は彼女の手を取って連れ帰っただろう。阿国が苦しむとわかっていて、そうする。」
彼は振り返った。
「お前ならどうする、霞柱。」
「わかりません」
「…そう、か。」
私は阿国と目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
阿国が顔を上げる。
その大きな目が、輝いていてまぶしかった。
「すまない、阿国。もう連れて行ってやれない。」
黒死牟はそう言って私の隣に腰を下ろした。
「幸せになれ」
その言葉を最後に彼は立ち上がった。
私もその背中を追いかける。
あれは本物の阿国ではない。
それでも、黒死牟は伝えたかったのかもしれない。
「なるほど、ふさわしい最後だな。」
彼がそうつぶやいたかと思えば、草原が突然燃えだした。どこかで見たことある景色だな、と思った。
暑い。
暑いけど、不快ではなかった。
「もう戻れない。良いのか。」
「…あなたこそ。今更黄泉の国へわたるのですか?」
「……わからぬ。ここに来てからあまり記憶がない。ただお前が見えただけだ。」
……そう、か。
それなら私も大分時間がたっているのかもしれない。
「まぁ…想定外ですが、あなたと歩くのも悪くないです。」
「ふん、良くも自分を殺した相手と歩けるものだ。」
「はい??あなたが鬼だっただけで、両手足切り落としましたし、人間だったら勝っていたのは私です。」
「…ほう?」
黒死牟は振り返る。
「ならば試してみるか?」
「は?」
そこにいたのは鬼の彼ではなく、人間の巌勝だった。
「どうせ死ぬのだ。最後くらい暴れても良かろう?」
「…最後くらい安らかに逝きませんか。」
とは言うものの、私は刀を抜いた。
「まぁ負けっぱなしもアレですし、正真正銘…冥土の土産として勝利を飾りましょう。」
もうどうせ行くところに行くのだから、ちょっと遊ぼう。
私はそう思って刀を抜いた。