第81章 見えないもの
「言うな」
実弥はぎゅっと私の手を握った。
「言うなよ」
「…」
「俺はなんでだったのかなんて思わない」
……
「そういうところだよ」
欲しい言葉なんてひとつもくれないくせに、正義の言葉ばかり吐くから。
「嘘でいいから、私のこと嫌いって言って」
「ふざけんな」
「嘘でいいんだよ」
「死んでもそんなこと言わねェ」
「じゃあ死ぬ?」
なんでそんな言葉が出たかわからない。
でも実弥とはいえあの世までこないと思った。
「上等だ!!!!!」
大きな声にギョッと目を見開く。
しかも実弥、思いっきり壁殴ったんだけど。
え…ヒビ入ってない?
壁から離れていく拳からパラパラとよろしくないもの落ちてますけど。え、修理費……。
これにはもう現状忘れてぽかん。
「お前を背負って地獄歩いてやる」
…………えぇ…
「…いやそこは天国で良くない!?何地獄行きにしてくれてんの!?」
「ああ!?い、いいだろ別にどっちでも!!」
「大事なところだよ!!!」
「あの、先生本当にもう止めましょう」
「いいのいいの」
私はガッと一歩前に出た。
話せるうちに言ってしまいたかった。過去のけじめはつけた。全部、全部、もうどうでもいいんだ。
だからあとは実弥だけだ。
けどこうも真正面から来られるとなんとも言えない。
「天国だろうが地獄だろうが、お前背負って歩いてやるわ!!」
「歩いていらんわ!!裸足でサイドステップ踏みながら走り切ってやる!!」
「あの、そろそろ…」
「「あ!?」」
声をかけられて振り返ると、困り顔の看護師さんとニコニコ笑顔の先生がいた。
「あの世を歩く前に、分娩室まで歩いてもらっていい?」
「………わ…」
「わ?」
「忘れてた…!!!」
「「「えええええええええ」」」
お腹の痛みも忘れて叫びまくってた。
ああ、あああああああああなんだこれ。今までなんで気づかなかったんだってくらいお腹痛い。