第80章 大バカ野郎どもへ
それは、彼女の、数少ないもの。
「お前はあの子のたった一つにまで触れようとした。だからあの子は逃げたんや。」
そのたった一つがなんなのか。それがわからないほど不死川は馬鹿ではなかった。
「………思い出、か」
不死川は項垂れた。
そう。思い出。
あの子の中で、唯一、幸せとも言える日々。
今現実にはないもの。キリキリちゃんはしがみついていた。
離さないように、忘れないように。
「……俺は」
不死川は、魂が抜けたみたいに言った。
「俺はそれでも知りたかっただけなんだ」
家についたのは、もう真っ暗になった真夜中だった。田舎らしくそこかしこで虫が鳴いていた。
車を止めるや否や、不死川はもう飛び出す勢いで車から降りた。
「あほ!お前鍵持ってへんやろうが!!!」
俺は慌てて追いかけた。案の定鍵のかかった玄関で不死川は立ち止まっていた。
おかげで傘をさす暇もなくてびしょ濡れだ。
ああ、一応会社から鍵持ってきてよかった。……いや別にこれは友達のお願いであって会社のルール破ったわけやないし大丈夫や。
うん!サービス残業ってことで!!!
「…ったく」
俺は文句を言いつつ玄関を開けた。
「勢いよく走るなよ。お前の体重やと床が抜けそうや。あ、汚くても靴は脱げよ。」
そう言うと不死川は靴を投げるように脱いで部屋の中へ入っていった。
「!」
暗い部屋の中を不死川はズンズン進む。
俺は電気をつけようとスイッチを押したが、あかりはつかなかった。
……なんや、停電か?
俺はポケットから仕事用の懐中電灯を取り出し、あたりを照らした。