第12章 雨晴らし
戦国コソコソ噂話
霧雨の娘は小夜(さよ)、息子は雨哉(あまや)と名付けられました。姉の小夜はしっかり者で男勝りな女の子でした。弟の雨哉は泣き虫で、幼い頃は阿国から離れず常に甘えていました。
成長するにつれ、小夜は逞しい女性に、雨哉は優しい青年になりました。
阿国が死ぬ前にやり残したことがあると家を出た時、二人とも反対はしませんでした。その後すぐに小夜は家を出て結婚しました。産屋敷の名前を捨てることはありませんでしたが、他人に名乗る時などは母・阿国の旧姓『霧雨』を使用していました。
嫁ぎ先で夫が若死してしてしまい、跡継ぎもいなかったため小夜が当主となりました。武家としての霧雨家はそこで誕生しました。時がたち、武家が消えて華族となったのちに、霧雨が生まれます。
霧雨が筋肉のつかない体質だったりしたのは産屋敷家の血が混ざっていたことが原因です。小夜は表向きは霧雨の名前を使用していましたが、書類や公的な場では産屋敷の名を背負い続けていました。霧雨家にも多少呪いが受け継がれてしまったようです。
阿国の不思議な力も代々受けつがれました。霧雨の名を絶やすことがないように小夜は後世へ言い聞かせていたようです。
家に残された雨哉は鬼殺隊の再建に一生を捧げました。母の霞の呼吸を継承し、他の呼吸も途絶えぬように守り続けました。
そして、痣や日の呼吸のことを隠すようになりました。日の呼吸を知る剣士が無惨に殺されたことを受けての判断でした。痣は自分の母の死因になったものなので、情報が漏れないように厳しく取り締まりました。
しかし、母が痣で生き延びなければ自分も姉もこの世に生まれることはなかったことは理解しており、一切後世に語り継がない…ということはしませんでした。痣は産屋敷のごくわずかの人間、当時を知る育手が密かに語り継いでいきました。
雨哉は19歳でこの世を去りました。最後には姉の小夜が駆けつけました。小夜はそれから数年後、長男を出産してから程なくして静かに眠るように息を引き取りました。
その数十年後、縁壱が亡くなったことで霧雨阿国を知る人間はこの世からいなくなります。
しかし、阿国の名は始まりの剣士として産屋敷家の資料に残されていました。
ハカナがその名を見つける何百年の間、阿国の存在は知られることがありませんでした。