第77章 世界一の辛さ
実弥がぽすん、と私の肩にもたれかかった。
珍しい、と思ったら彼はそのまま話しだした。
「…それで、こんだけのことやって満足したかよ」
「………してない」
「だろうな」
彼ははあ、とため息をついた。
「なんで言わなかった」
「だって私のことだもん」
「………お前のことは俺のことだ」
「霧雨は私だけのものだよ」
ごめんね、と言えばいいものを私は言わなかった。
「お前、怖くなかったのか?」
実弥はそう聞いてきた。
「それで怖いって言ったら、実弥は納得する?」
「…しねェ」
「じゃあ怖くなかった。私ってそんなに弱く見えるかな?」
「………そういう問題じゃない」
彼は私から体を離した。体温が離れていくのが、いつもより寂しく感じた。
「なんでそんなに霧雨にこだわるんだ。俺じゃダメか?」
最後に寂しそうにそんなことを言われて、私はなんと答えるか迷った。
実弥は…
実弥は霧雨を知らない。だって私が教えていないから。
私も覚えていないから。語れることがない。
なんでって、そんなの私にもわからないんだよ。
こだわったって幸せになれないのに。わかってる。
それなのに、春風さんも実弥もなんでなんでってうるさい。
「そういうこと言われるのは嫌い」
思わずそう答えると、実弥が少しだけ顔をこわばらせた。
「じゃあ実弥は不死川の家を捨てて私だけを好きでいてくれるの?無理でしょ?妹も弟もおばさんのことも大事だもんね。」
「なんだよ、その言い方。俺はお前が…。」
「実弥にはわからないよ。」
ついには言ってはいけないことを言ってしまった。こんなにも私をわかろうとしてくれているのに。
でも実弥は怒らなかった。
しばらくしたら、いつもみたいに優しい声で、帰ろうって言った。
そうだ。
きっと、実弥にはわからない。
私には実弥しかいないのに、実弥はそうじゃない。
そのことがすごく嫌で、世界で一番辛い。