第77章 世界一の辛さ
その間に春風さんは那由多が父親を殺した証拠を探すつもりだろう。
「那由多。」
「……」
おさえこまれて大人しくなった兄は、随分やつれた顔をしていた。
「夢を見たの、あなたが家族を殺す夢。」
おそらく、あれは前世のことなんだろうけど。
那由多は父を殺して…母も殺した。私も殺そうとした。
でも、その理由は。
「……おかしいよなぁ。」
那由多はぼそっと呟いた。
「父親は二回ともちゃんと殺せたのに、のことは殺せなかった。」
「……二回」
……もしかして
那由多も、前世の記憶があるのか……?
それともただの言い間違いだろうか。
「…ふふ」
私は思わず吹き出した。
「やっぱり変わってない、優しいお兄ちゃんだ」
記憶にはほとんどないけれど、兄という存在だけは覚えていた。
名前も顔も声も姿も何も覚えていない。
だけど、兄がいたのは覚えていた。
私は那由多が父を殺した記憶を塗り替えた。自分が殺したことにした。
私が、守りたかったのはきっと______
記憶ではなく、魂に染み付いた優しい兄の姿。
「…覚えてんの?赤ちゃんの時にしか………」
那由多は言葉を止めた。
「ああ、でも。なんか白昼夢みたいな…そうだね、そんなことしたことないのに、童男と、君と、俺で、三人で遊んだことがあるような気がするんだ。なんでだろう。」
「……なんでだろうね」
もう、帰ってこない。
忘れてしまった平和な日々。
本当なら、誰も死なないで。
本当なら、誰も殺さないで。
本当なら、刀なんて握らなくて。
本当なら、傷だらけになることなんてなくて。
本当なら、出会うことのなかった人たちがいる。
どちらが幸せだったのかなんて、わからない。
どこから狂ったのか。どこから間違えたのかわからない。