第77章 世界一の辛さ
「それで聞きたいことは何かな。」
那由多は水を飲んだ。
なるべく間を空けずに答えた。
【あなた、十数年前に父を殺しましたね?】
沈黙。
前世で父を殺したのは那由多だ。私ではない。父を殺したという私の記憶は偽りで、あの日何があったのかを私は覚えていない。自分で勝手に記憶を塗りかえてしまったから。
今生で私は父を殺していないと思っていた。前世と今は違うんだって思った。
でもそれは違った。何も変わっていなかった。
那由多は今生でも父親を殺していた。
物的証拠はない。状況証拠のみで犯人は捕まらなかった。
父は何者かに殺されていた。
私がそれを知らなかったのは、当時両親とは別居していた上に父の葬式に参加しなかったため。
一方で、春風さんは参加していたために知っていたのだ。
「………」
那由多はじっと私の目を見つめる。
「…父親は優しい人だった。母はそれ以上にもっと優しかった。」
突如、そんなことを話し始めた。
「小さい頃童男は勉強ができなかった。父はそんな童男を殴ったり怒鳴るようになった。」
「……。」
「最初はそんなことだった。」
那由多の声は…なんだかドロドロしていて、聞いているだけで気持ち悪い。
「童男を庇った母まで殴られるようになって、俺は父親に早くからやり返すようになった。童男を殴った分だけ父を殴った。……でもそうしたら今度は童男と母が俺を怖がるようになった。」
「……」
「子供ながらに何か悪いのは分かっていたけど、どう表したらいいかわからなかった。童男と母には忘れられない傷を負わせた。」
那由多の瞳は揺れない。
そこに感情などなかった。
「父はある日俺を引きずって外に連れて行った。そこは薄暗いトンネルで今も覚えている。父は火を燃やしてそこに俺を突き飛ばした。」
ネットで見つけた新聞の事件だ。童男は…確か、那由多の火遊びだって言ってた。でも那由多は確か父親にやられたって主張し続けてたって言う話を聞いた。