第75章 怒ってます
割れたカップの破片に目も暮れず、春風さんは続けた。
「あなたはもうこれ以上のことに耐えられる状態ではないんです。…声も出なくなってしまった。もし………もう一度壊れてしまったら…。」
壊れる
春風さんはそれを恐れているようだった。
自分の名前も忘れて、話せなくて、文字も書けなくて、誰かに指示されないと動けない、あの頃の私に戻っちゃうってこと?
『私が…あんな風になった原因が、あの2人にあるってことですか』
「………」
『それなら良いんです。私、思い出したから。』
そう言うと春風さんは目を見開いた。
『前世で父を殺したのは那由多だった。私じゃない。』
「……………どうして」
『夢を見たんです。過去の夢。……春風さんはそのことを知っていたんですよね。』
彼の顔がどんどん青くなっていく。
感情がわかる私の前で嘘は無意味。いつもは飄々とした春風さんがここまで取り乱すなんて、もうほとんど図星だとわかる。
「私は…」
『あなたは私を守ると言いながらあの時何もしなかった』
「……」
『柱たちの前に放り出された私を前にしても声をかけることすらしなかった。』
「違う」
『私をあの時助けてくれたのは安城殿と慎寿郎殿で、あなたじゃない。』
恨んではいない。
誰も恨んではいない。
口に出せば戻れないと思ったから。
『あなたは全部知っていたのに』
「違う!!!!!!!!!!!」
春風さんが声を荒げる。
『どのみち私のいく道は地獄だった。兄が父を殺して私を殺すためにあの部屋に監禁したという真実を教えられても、私にとっては地獄に変わらない。』
「………」
『私は兄のことを覚えていなかったから、それなら嘘を真実にしようと思ったのでしょう。あなたは。』
「……そうです」
春風さんは小さな声で言った。