第10章 戦国に降る霧雨
段々歯車が少しずつずれていった。当たり前だったものが当たり前ではなくなっていく。
歯車が少しずつ少しずつ狂っていく。
塵も積もれば山となる。
少しずつが重なれば大きな力を持つようになる。
「阿国」
久しぶりに師範が私を呼び出した。
「外を歩こうと思うのだ。」
「……はぁ。」
「……私と一緒に来るか?」
またともない誘いに、私は嬉しくて二つ返事で了承した。
師範と散歩をするなんて何年ぶりだろうか。昔は手を繋いだけど、もうそんなことをするほど幼くはない。
「体の具合はどうだ?」
「良くなりました。」
「そうか。」
その時、師範が私の手をつかんだ。
乱暴な行為に驚いたが、決して痛くはなかった。
「お前と初めて会った日…。」
そして、師範は勝手に話し始めた。
「私に何か特別な理由があったわけではない。ただ、子供が震えてうずくまっていたので声をかけた。それだけだ。お前をここまで連れてきたことに何か意味があるのかと聞かれれば、ない。」
師範がこんな話をするのは初めてだった。
「そんな理由でここまでお前を連れてきてしまった」
師範の心は空っぽのようだった。
何も感情が伝わってこなかった。
「お前は優しい。器量も良い。それに何より、美しく成長した。」
その言葉に頬が赤くなるのがわかる。
美しいだなんて、今までそんなこと言われたこともなかった。
「幸せになれ、阿国。」
「……師範?」
「お前が幸せになれば、私があの日にお前をここまで連れてきたことは正しい行為になる。」
師範が私から手を離した。
そのとたん、冷たい風が吹いた。
「………師範、阿国はもう幸せですよ…?」
恐る恐るその袖を引いた。
「……そうか。」
今にも消えてしまいそうな声だった。
「すまない、私はもう帰らないから…一人で帰ってくれ。」
「え?…任務ですか?」
「……そうだ。」
そんなこと聞いていないような…?
「では、私は戻ります…。師範、お気をつけて。」
頭を下げてクルリと背を向けた。
「阿国」
名前を呼ばれて振り返った。
しかし、もうそこに師範はいなかった。
?何だったのだろうか…??