第10章 戦国に降る霧雨
「もう良い」
うんざりしたように師範は縁壱さんの言葉を遮った。
「阿国のことはお前が言うことではない。だが、そんなことを言い出したなら引き止めたりはないから安心しろ。アイツは痣者でもないのだから、この先で苦労することもなかろう。」
「…兄上」
「まだ何かあるのか?」
私は膝を抱えてその場に座り込んだ。
…縁壱さん、随分と私を心配してくれているんだ。申し訳ないな。
「……もし、阿国がここから離れればどうなるのですか。」
「…何なんだ、今日のお前は。」
「阿国は戦孤児です。帰る場所もありません。」
「そんなもの、どこでも働いて生きていける。」
「しかし、それは…。」
「気の毒だと言いたいのか。」
段々と師範の声が大きくなっていた。
縁壱さんの感情は安らかだが、師範は怒っているようだった。
「阿国を鬼殺隊に置くのが嫌なのか、鬼殺隊から離すのが嫌なのか。いったいどちらなんだ、縁壱。」
縁壱さんは黙ってしまった。
「お前が阿国の世話を見るのか、その25までしかない命で。」
「……。」
「私もお前も、阿国のこともそうだが限られた時間で問題が山積みなのだ。もう今日は話しかけて来るな。」
師範は我慢の限界だったのか、冷たく言い放ちその場を去った。
一人残された縁壱さんの姿がやけに小さく見えた。
「……阿国は」
その声も、寂しげで。
独り言にしては、悲しすぎた。
「阿国は、兄上が連れてきたのではありませんか」
ああ、だめだ。
そんなことを言ってはいけない。
私は何ともないから、大丈夫だから。
師範がすっかり私から離れてしまったことはわかっているんです。だから大丈夫なんです。
もとより、師範師範とやかましかったのは私の方ですから、平気なんです。
縁壱さん、阿国は。阿国は、あなたが悲しそうにしているのが堪らなく嫌なんです。
だけど、そんなことを言えるはずもなかった。
私が言えるわけないんです。
何を言っても、あなたはまた悲しむだけだから。