第74章 な ん て ね
実弥の手がだらん、と力なくぶら下がった。
人には人の見方がある。
私が嬉しいと思うことは実弥にとって悲しいことかもしれない。
私が今回話したくなかったことは、実弥がどうしても聞きたかったことなのだろう。
それなのに無駄に人の感情を読み取ってしまう力があるから、自分の価値観を押し付けてしまう。私たち一族は視野が狭い。
だけど。
たったの一度も、実弥の感情を蔑ろにしたことなんてない。
なかった、のに。
伝わらない。
伝える方法もいまいちわからない。
私は春風さんみたいに相手の話を全部受け入れられないし言葉も上手じゃない。
阿国みたいにどんな人とも屈託なくニコニコと話すこともできない。
陽明くんみたいに、ちゃんと話を聞いて、受け入れて、ちゃんとした返答もできない。
私にできることはなんだろうか。
それは口を閉ざすことくらいかな。まあ、秘密を作ることだけは得意だ。…隠し通すのは苦手だけど。
強いて言うなら、人の感情をうかがって、機嫌がいいか悪いか悟って、……当たり障りのないことを言って……
そうしているうちにどんどん秘密が増えていく。
耐えられない。怖い。
私の話を聞いた後に、みんながどんな感情を見せるのかが怖い。
嫌、だよ。
今回のこととか、那由多のこととか、全部全部打ち明けて、実弥が嫌そうにしたら、私は立ち直れない自信があった。
感情は嫌そうなのに、それを表面上でなんてことないように振る舞われるのも耐えられない。
私は…
私は、人の感情を読み取ることでなんとか平然を保っているだけで、本当はとっても怖がりなの。
「……何か…考えてることがあるなら言ってくれよ」
実弥はそう言うけれど、私の口からは何も出てこない。
口は開いたけど、すぐに閉じた。
ぎゅっと服を握りしめる。
変な汗が出るだけで、目がふらふらいろんな場所に泳ぐだけで、何も言えなかった。
愛している、が言えただけ自分を褒めたい。
もう無理だ。これが、今の私の全力。