第74章 な ん て ね
おはぎの姿を見ると安心して、私はふうっと息を吐き出した。
「……何で黙ってた?」
実弥は怒鳴りこそしなかったが、圧を込めてそう聞いてきた。
「今日言おうと思ってた。だから早く帰ってきてって言ったの。」
「……今更か?」
…怒ってんじゃん。はあ、もうこんな風に聞かれるなら怒鳴られる方がマシだわ。
「まあ、そうだね。」
兄の話をしたら嫌そうな顔をした挙句私を無視し続けたくせに…って言ったら火に油ですよね。はい。
もうだんだん実弥のこともわかってきたので黙っていることにした。
「そうだね…って、お前、今日何があったのかわかってんのか!?」
「わかってる…。疲れて帰ってきたところだったのに変なことに巻き込んで申し訳ないと思ってる。助けてくれたのも…。」
「だからそうじゃねえよ」
実弥は絞り出したような声で言った。
「お前が何考えてるかとか、何思ってるのかとか…俺は知りたかったんだ。」
「………そう…なのは…わかってるけど」
私はうつむいた。
「…言えない。」
「…」
「……君が…私に不信感を持ってることとか、嫌なところがあるとか、ちゃんと全部わかっているよ。…そうなるのも仕方ないと思う。でもね。」
夢の中の陽明くんの言葉がよく思い出される。
…視野が狭くなる、というのは…確かに。私は近くにいるものほど見えなくなるのかもしれない。
………何回も実弥に言われていたし、すれ違ってる感じもわかってたけど。
「それでも、君を愛しているよ。」
愛は毒とか、よく言ったものだ。
歪んだ、どろどろの愛情。
無一郎くんみたいに、目をキラキラさせて伝えるような愛は私にない。
でも。
多分、これ以上の感情は私にない。
実弥の怒りがどんどん小さくなっていくのがわかる。
「何だよ。」
実弥はぐっと拳を握りしめる。
「何だよ、ソレ。」
私は何も言わなかった。
言えなかった。
今回のこともこれまでのことも話せたら話していた。
これは私の過ちだ。