第74章 な ん て ね
「実弥くんは今日、もう帰るように上司に言われたんでしょ?みんなはまだ働いているのに自分だけ帰れって言われて変に思いつつ帰ってきた。どう?」
「…その通りです。」
実弥は言い当てられて驚いていた。私はただそれに頷いた。
「誰かが手を回してくれたんですね?」
「ええ。夫が理事長さんに事情を話したのよ。春風くんが尻尾を掴んでくれていたみたいだから、童男くんも姉さんも助けることができたのよ。姉さんを施設に入れたのは那由多くんから守るためだったみたい。
あの子もやり手よね。頭がいいのね。」
…恐るべし、春風さん。
そうか。そうだったのか。
「それで童男は…」
「ええ。無事だったのよ。ダミーで血のりの入った袋をお腹に忍ばせて置いて、ナイフで刺された時に死んだふりするためにね。春風くんの案ですって。
どうにか童男くんが那由多くんにGPSつけてくれたから居場所を追えたの。姉さんを施設に置いておくのがまずいからって一緒に連れていって、ここにきたってわけ。
私は…まあ、あなたに説明をする係と落ち着かせる係…ってところかしら。前々から作戦のこと聞かされていたのよね。春風くんから連絡あった時は驚いたわ。」
「作戦?」
「もともとはね、童男くんを刺した時点で現行犯逮捕するつもりだったの。私は警察に言われて那由多くんと定期的に連絡とっていたから、どこでそう言うことやりそうかって言うのがわかったのよね。
でも実際は那由多くんに逃げられちゃうしちゃんの家に行ってるって言うから驚いたわ。」
なるほど。
難しい話は置いておいて…。
「つまり、那由多を逮捕する算段ができていたのにミスをして私のところに来ちゃったってことですね?」
「そう!理解が早いわ〜。」
「なぁんだ、そういうことか〜…はあ、何事かと思っちゃった。」
私はほっとして胸を撫でおろした。
「まあこれで買収もどうにかなりそうですね。」
「ええ。絶対中止ね。本当にお粗末な展開だわ。そうまでして家族にこだわるかしら。」
……こだわる、か。
愛情とか、そう言うのじゃなくて憎しみ。
家族を殺そうとしたってこと、だよね。
「しょうがないです。気持ちは十分わかりますよ。」
責めようとかは一切なかった。
那由多の気持ちは理解できる。…もうどうこうしようとも思えないや。