第73章 さようなら、霧雨
実弥が怒鳴る前に、私はたたみかけるように話した。
「その続き、帰ってきてからでいい?」
「お前…!!」
「ねっ?だから早く帰ってきてね。」
私がにこー、と笑うと実弥はイラッときたのか血管が浮き出ていた。
「わかったよ…お前帰ってきたら覚えてろよ!!」
「おうさっさと行ってこい」
「だから朝くらい可愛く送り出せって!!!」
実弥はぎゃあぎゃあ言いながらさっさと家から出て行った。
「可愛く送り出すのは、おはぎの担当だよねぇ?」
「にゃあ」
おはぎは私の足元で尻尾を振った。
『何だか楽しそうな顔をしている。何かいいことでも?』
「とんでもない。」
私はすっと目を細めた。
「……もうどこにも行けないくらい…追い詰められているだけよ」
ぎゅっと拳を握る。
夢の中の光景ははっきりと残っている。
那由多。童男。父。母。そして私。
(……きっと、大丈夫よね。)
私たち、家族なんだから。
考えていることは一緒よね。
その日は一日が長く感じた。
でも私はいつもと同じことをして過ごしたし、周りの世界も何も変わらなかった。
だから実弥がなかなか帰って来ないのが、いつもよりすごく不安だった。
「うそつき」
早く帰ってきてって言ったのに。
いや、阿呆か私は。朝に急に言ったから、そりゃ無理だよね。買収とか何とかの問題でやばいくらい忙しいみたいだし。
しっかしこうも毎日帰りが遅いと不安になる。
「………ちょっと外出てみようかな」
ちょっとだ。ちょっとだけ、実弥が帰ってきてないか、見にいくだけ。もう夜だからベランダからだと暗くてわかんないし、だから。
私は立ち上がった。
玄関のドアを開けた瞬間、ざああっと音が聞こえた。
……雨?
ああ、そうか。天気予報で夜から雨って言ってた。
……………
雨が降っていて、うわって思って、
それでも足を靴に突っ込んで、傘忘れて。
何してんだろって思いながら外に出て。
______________馬鹿なの?
自分に聞いてみたけど、馬鹿だろってしか答えてあげられないし。その答えが出たところで私は止まらなかった。