第72章 “本当の記憶”
『あなたは自分のことを考えているということだ。』
そして眉を下げて苦笑した。
『まあ、人はそれをわがままと言うのだろうがな。』
『…』
『全く。そう嫌そうな顔をするな。私の子孫はひどく私に似てしまったようだな。皆、口を揃えて同じことを後悔するのだ。“自分のことだけしか考えられない”、とな。血筋か?私のせいか?』
陽明くんは馬鹿にするように言った。
『ええ?そうなの?何でだろうね』
『まあ、私の力を受け継ぐからな。視野が狭くなるのだろう。』
『え?心の中とか読めたりするじゃん。それなら視野が広くならない?』
私がそう言うと、彼は首を横に振った。
『人間とは複雑なものだ。心の中を読まれて救済されるものもいれば、心を見られたくない者もいる。人間は心だけでできてはないよ。
私たちは心の中が見える。感情が読み取れる。けれど、ね。私たちは…理解できないのだ。先ほど言っただろう。君の心は君だけのもの。私の心も私のものだ。誰かの心は誰かのもの。
私たちが良いと思ったことも、他の人にしてみれば悪いことかもしれない。私たちが嬉しいことも、他人には悲しく見えているかもしれぬ。それだけは心が見えようとも未来が見えようとも変えられない。
他人の心の中に私たちが理解できない感情があれば、心が読めても意味がない。それに気づかず私たちは他人の心を自分主体に読み取ろうとする…。
だから、いつもうまくいかない。自分をわがままで、どうしようもない人間だと思い、自己嫌悪に陥り…己を嘆いて恨めしく思う。…だから視野が狭くなるんだ。』
陽明くんは藤の花の隙間から空を見上げた。
『心は原動力だ。行動の原点だ。だが、人間の心は深い。…不思議な力があっても、理解には至らぬな。』
『…そう、か。』
私は感情を読んでいると思っていたけど、結局は自分の考えを押し付けていただけなのかもしれない。