第72章 “本当の記憶”
再び、気づけば暗闇に立っていた。
ただの暗闇ではなく…ここはどうやら水の中。光さえ届かない、深海の底。
私と陽明くんは海底に立ち尽くしていた。
『………』
『あなたは父を殺していなかったんですね』
陽明くんの言葉にただ首を縦に振る。
『…殺したのは那由多』
『………さんは…無意識のうちに記憶を書き換えていたんですね。自分で殺したと。』
『子供だったのよ。受け入れられなかったんだわ。』
『……大人でも無理ですよ。』
陽明くんの言葉の歯切れの悪さに、この子も戸惑うというか……後味の悪さのようなものを感じているのだと気づく。
『…父に襲われて……目の前で…兄が父を殺すだなんて…到底受け止められません。ましてや、まだ幼い子供が。』
『……………なんか、今までのことが嘘みたいに当たり前として受け入れられる。…何でかな。』
『………。』
陽明くんはしゃがみこんだ。
床には、精神の核とやら。
それは…もうなんの光も放っていなかった。真っ黒に焼き焦げたすすみたいで、ハラハラと崩れて消えていった。
『………あなたにはもう本物の精神の核がないんだ。…偽物の代替品で精一杯自分を保っている。』
『…精神の核がないと、心が壊れちゃうんでしょ?』
『壊れているんですよ。もうとっくの昔に…。』
私はグッと拳を握りしめた。
『そんなわけない。』
『ですが…』
『壊れたとか、あんなの全部前世の話でしょ!今生では、私…。』
『………』
陽明くんは立ち上がる。
『………残念ですが、無意識領域は変わりません。』
『……』
『あなたを作り上げているものです。俺も平安時代から自分の無意識領域は何一つ変わっていないんです。』
そう言われて、何だか体から力が抜けていった。精神の核みたいに、私もパラパラと崩れていきそうだった。
『………あぁ、そう』
私は気づけばこぼしていた。
『でも無意識領域がある限りは、再び精神の核が復活する可能性は…!!』
『私、作られても偽物なんでしょ?』
『いえ、本物の可能性も十分にあります。』
陽明くんの声も、なんだか嘘っぽく聞こえた。