第72章 “本当の記憶”
『陽明くん』
『はい?』
止めようとした時、確かに隣から声がした。
ハッとして横を向くと、そこには陽明くんが。那由多の姿じゃない。正真正銘、陽明くん。
でも…那由多は、私たちの元へと近づいていく。
私はぎゅっと目を閉じたが、陽明くんが諭すように言った。
『目を背けてはいけません』
『……』
『これが…秘密です。あなたが、あなた自身に隠し続けていた真実です。』
陽明くんはそう言った。
私は恐る恐る目を見開いた。
その瞬間。
鮮血が舞った。
誰のものか?
当然、父の。
那由多が刃物を父の体に振り下ろしていた。何度も。何度も、何度も。その度に父は暴れ、そばの本棚から分厚い本が一冊私の体のそばに落ちた。
父は動かなくなった。
私は父の血で少し赤くなっていた。
記憶に残るのは、父の血で染まる分厚い本。
父に触れられた気持ち悪い感覚。
想像を絶するほどの父の絶叫と、驚くほど冷静な私。
そして。
そして、そして。
ザザッと、砂嵐のようなものが頭に流れた。
私の記憶になかったもの。
あるはずなのに、消えていたもの。
『________お兄様』
私の口から言葉がもれた。
『どうして』
あの時、私は、確かに見ていた。
目の前で父を滅多刺しにする兄の那由多を。
『どうしてですか、お兄様』
私は…
私は、理解できなくて。
死っていうのが、受け入れられなくて。
殺しっていうのが、よくわからなくて。
血が生臭いっていうのが、本当に嫌だった。
『』
『お兄様、何を、したの。お父様に、私、何されたの。』
私は。
壊れたおもちゃみたいに単語をポロポロと口から発した。
『、ごめん』
『今の音、何!?』
『いったい何事!?』
その時、部屋に童男と母が駆け込んできた。
童男は絶句し、母は父の元へ駆け込んだ。
『ごめん、』
『…お兄様』
私は、そこでばたりと倒れた。
母が那由多を責めていた。それを童男が必死に止めた。
私も陽明くんも、その光景をただ見ていることしかできなかった。