第66章 愛ゆえに苦しめと
その人は懐に写真を戻し、再び話に戻った。
「弟も君に会いたがっていた…今更虫の良い話だが。」
「え、えと…私、もう帰らないといけなくて」
話の流れが読めずになんだか嫌な予感…というか、本能的に受け付けられなかった。兄の存在を疑うことはこの際しない。が、関わりたいかというとそうではない。
私が逃げようとした時、彼の目が一瞬光った。
彼はだん、と足を踏み込んで体を反転させる。咄嗟に避けた私は壁と背中がピッタリとくっついてしまった。
素人の動きじゃない。そう思った時には彼が手を振り上げていた。ハッとした瞬間、私の顔の横にバンと手が置かれた。
「んえ」
いわゆる壁ドンとかいう展開に変な声が出た。
「1月7日」
「……」
「俺の会社に来い。そうしたら、“妹”として俺たちは君を出迎える。」
「……こな…かった、ら」
恐る恐る真横の壁に視線を動かす。…うまいな。腕がちょうどいいところにあってこれだとすり抜けられない。
「さようならだ。俺たちは今後一切君には関わらない。」
「……」
兄と名乗る彼は、私の耳元でささやいた。
「母から解放されたいのならおいで」
「!!!」
とっさに手が動いてその人を突き飛ばしていた。さっきまで彼の唇がそばにあった右耳をさっさと払う。まるで声が粘り気のある空気みたいにまとわりついたようだった。
「悪ふざけが過ぎた」
彼はにこりと笑う。私は全然笑えなかった。
「縁があればまた会おう。」
ひらひらと手を振って彼は去っていった。私はぎゅっと手を握り締め、行きよりも早い足取りで家まで戻った。