第62章 何も知らないで
実弥の泣き顔を見ていると辛い。
大切な人たちには笑っていてほしい。
「…お前は…それが、当たり前の場所にいたんだなァ……」
「……」
「……悪い、気づいてやれなかった」
実弥の目からまた涙が流れる。
「………私、今すごく幸せよ」
その涙をそっとなぞる。
私は泣くとグフグフ言って不細工なのに…実弥は綺麗に泣くんだなあ。
「みんな私のそばにいてくれるもの。お父さんとお母さんが言ったようなこと、誰も言わないし、私のこと殴らないし、イヤなことされない。
実弥はずっとそばにいてくれる。私は私と向き合うのが嫌いだから、自分のことはよくわからないけど、実弥がいつもいろんなことに気づいてくれる。」
実弥は私の手に自分の手を重ねた。
…やっぱり、私は彼の手が好きだ。暖かくて、大きくて、安心する。
そばにいるとこんなにも心が穏やかになれる。
「辛い時はいつも一人だった。一人でいれば、時間が解決してくれる。それが一番…楽だと思っていたの。
でも、あなたと一緒にいるようになってからは、ちょっと変わったの。実弥は辛い時もそばにいてくれた。いつも助けてくれた。嫌なことも全部、共有できた。」
それが申し訳なかったり、苦しかったり、私はそう考えていた。
「最初は誰かと一緒に暮らすのが嫌だった。ほら、私…最初は同棲に反対したでしょ?今まで暮らした人とうまくいったことがなかったし、お父さんとお母さんの時みたいにこじれるのが嫌だった。
喧嘩も増えたし、嫌なこともあったし、理解できないことも多かったけど、一緒にいることでたくさんのことを知った。」
一人だとわからなかったこと。
私が、忘れかけていたこと。
誰かと食べるご飯は美味しくて、誰かとみるテレビは面白くて、家に誰かがいるのは本当にあたたかくて。
冷え切った心が、溶けていくような感覚。
「実弥と一緒に暮らしたこの数年間、私は本当に幸せだったよ。」
誰かと一緒にいることを諦めていた。
私は逃げ続けていた。
「……だから、泣かないで」
実弥の涙が止まったと同時に、彼はより一層強く私を抱きしめた。