第62章 何も知らないで
グスッと鼻を啜る音が聞こえた。
「俺も一緒にいられて本当に幸せだ。」
「……ははっ。泣き虫。」
「うるせェ」
そうは言うものの、実弥の言葉には棘がない。
「私にそんなこと言うなんて、相当な変わりものだね。」
「お前よりはまともだ。」
「ひどいなぁ…。」
実弥は顔を見せようとしなかった。そういう時は決まって照れていたりする。そんなところがかわいいし、私は大好き。
「……ていうか、そろそろ離してくれない?」
「嫌だ」
「…動けないのですが」
もぞもぞと動くたびに実弥がそれを妨害してくる。痛くはないけれど、どうしても実弥の腕の中から抜け出すことができなかった。
「動かなくていい」
「実弥がいいならいいけど」
「ん」
実弥は満足げに頷いた。
「君はせっかくの休日がこんなのでいいの?」
「一番いい休日だよ。」
「美味しいものでも食べに行けばいのに。」
私はあくびをもらした。実弥の体温に包まれていると、安心して眠くなってきた。…さっき昼寝したんだけどなぁ。
「なら明日は二人でケーキでも食べるか?仕事帰りにお前が食べられそうなの選んで買ってくるよ。」
「ケーキ…。珍しいね。おはぎじゃなくていいの?」
おはぎ、と言った時に枕元の我が家のペットがピクリと反応した。…いや、君のことではなくて食べる方のおはぎだよ。
「明日はイブだし、普通にケーキ食う日だろ?」
「いぶ?」
「おう。クリスマスイブ。」
……あーそーかぁ。クリスマスイブかぁ。ははっ。すっかり忘れてたぜ。
………忘れてた…ぜ………。
「あ、あー、そうだったそうだった。クリスマスとか言っているうちにもう年末で年越しだねぇ〜!!」
「しばらくは忙しくなるなぁ。俺のいない間に勝手に大掃除するんじゃねえぞ。今年は全部俺がやるから。」
「いやいや、私もちゃんと掃除しますって…」
そんなことを話しているうちに、私はダラダラと変な汗を流していた。
やばい。
やばいやばい。
これは非常にやばい。