第60章 あの日を忘れない
実弥からは、ただ大きな怒りを感じる。
数秒間沈黙が続いた。その沈黙の間に、実弥が私の左頬を叩いたのだと分かった。
…ビリビリする。
これ、手加減してないでしょ。
口の中が鉄の味だ。ああ、口の中が切れたのかも。
「良い加減にしろッッッ!!!!!!!!」
実弥が怒鳴る。
こんなに怒る実弥をこれまでに見たことがなくて、私はただポカンとしていた。
「みんなを守るだァ…!?お前はそう言って自分から逃げてるだけだろうが!!!」
逃げる?
「俺たちを逃げ道の言い訳にしてんじゃねえよ!!お前は体のいいことを言って正義の味方面したいだけだろ!!!」
「……は?」
「何やったって人を殺した事実も、嫌われていた過去も、変わらねえんだよ!!!」
実弥が私の胸ぐらを掴んだ。
ギチギチ、と服が嫌な音を立てた。
何が起きているのかわからない。
どうして実弥がこんなことをするのかわからなかった。
「自分を犠牲にして俺たちを守ったところでなァ、俺たちはお前に感謝の一つもしねえ!!!お前の罪を許す気にもならねえ!!!」
言葉の一つ一つが、ただただ重い。
「いつまでも偽善者ぶってんじゃねえよ!!」
「……」
「お前の被害者面ももうたくさんなんだよ!!!その行動がどれだけ俺を傷つけてるのかよく考えろ!!!」
私は怒鳴り返そうとした。私の胸ぐらを掴む実弥の手を退かして、投げ飛ばしてやりたかった。
ぐっと言葉を飲み込む。
「……」
代わりに笑った。
私は、笑っていなくては。