第59章 雪嵐
何かを我慢している様子もないし、二日酔いのせいとも思えない。それでも実弥は穏やかだった。
「ちゃんと休めたか?」
「……」
「飯、食ったか?寝たか?」
「…うん。」
「そうか。」
それだけで実弥は嬉しそうに笑った。
「…私の方こそ、ごめんなさい」
その笑顔を見ていると自然と言葉が出た。準備していた謝罪と全然違うけれど、今の私の素直な言葉が出た。
「いっぱいひどいこと言って、勝手に出て行って、おはぎも連れ出して、ごめんなさい」
泣くのは卑怯だと思った。
でも、泣いてしまった。
「本当は、ずっと、不安だった。」
私の声は震えていた。聞き取りづらいかもしれないけれど、実弥は文句ひとつ言わなかった。
「痣のことも、眠り続けたことも、今私がこうして生きていることさえ、何もかも不安だった。みんなの事件だってそう。」
言葉も涙も、止まらなくて、情けなくて恥ずかしかった。
「ごめん、ごめん、ごめんなさい」
「……泣くな」
怖くて、怖くて、逃げようとした。
怖がる自分に気づかないようにした。怖いって思った途端に消えてしまいそうだった。笑っていないとどうにかなりそうだった。
でも私はそんなに強くないから。
すぐにガタが来て、どうにもならなくて、逃げることさえ放棄して、何もかも放り出してしまおうとした。
「いいのかなぁ」
今も、ぐずぐずに泣いている。
「こんなに弱いのに、私、生きてていいのかなぁ」
実弥はただ私の手を握ってくれた。
言葉はなかったけれど、“いいんだよ”と言ってくれている気がした。気配で全て感じられた。
その感情は暖かかった。
言葉よりも、重みのあるものだった。