第8章 あの中に
軽やかに歩くことはまだ無理なので杖をつきつつのんびり歩く。
車椅子を担いで駐車場からマンションの入り口に向かって歩くだけでご近所さんからとんでもない目で見られる実弥がおかしくて笑ったら怒られた。
「一日怒らないキャンペーンとか開催した方がいいんじゃない?」
「しねェよ」
エレベーター内で冗談めかして言うとまた怒られた。
目的の階に到着して降りると、随分とその景色が懐かしかった。部屋のドアを見るとそれはもう感嘆の声が漏れた。
「おお…自分の家だあああああ」
「アホか」
「む、そんなこと言うなら実家帰る」
と言い終える前には私の腕をガッチリ掴んで玄関のドアを開けていた。
「…君そういうところだよ」
「早く入れ。」
……何でキレるかなあ…。
帰れるわけないだろ私のフラフラ感が見えてないのか!?
玄関前でぐずるつもりはないのでさっさと部屋の中に入った。
「……うっわ」
部屋の中を見るなり私は悲鳴に近い声を上げた。
「あ?何だよ?」
「……部屋が綺麗すぎて…」
私の記憶にある部屋よりびっちり片付けられていた。ホコリ一つ見当たらないし、片付けられていない食器がない。
「こんな掃除スキルあるなら最初から発揮してくれても良くない!?中学の時あんなに部屋汚かったのに!!意味わかんない!!!」
「何にキレてんだよお前は!いつの話をしてんだ!!」
「もう一人でお住まいになられては!?私がいるとこの部屋汚れますけど!?」
いつもの冗談のつもりで言うと、実弥は急に黙り込んでしまった。
「…お前がいないのは嫌だよ……」
「え?」
私が聞き返すと、実弥はそそくさと荷物を置いてから靴を脱ぎ部屋に上がった。
私もそれに続く。
「待って待ってもう一回!!もう一回言って!!ワンモア!!」
「言わねえよ!!二度と…二度と言わねえ!!!」
後ろからぎゅうぎゅう抱きつくと実弥は怒って反論した。
「やだー!もう実弥ったら私のこと大好きじゃん!私も好き!」
「……うるせえ!!!」
口ではそう言いつつも、無理に私を引き剥がそうとしない。
ああ、もう。こういうところだよ。こういうところが大好きなんだから。