第8章 あの中に
退院する日。
おじいちゃんとおばあちゃんが病室まで来てくれた。
「今までありがとうございました、本当に…」
「いえいえ、霧雨さんが頑張ったからですよ。」
おばあちゃんが頭を下げるのを車イスに乗りながらぼおっと眺めていたが、私も言わねばと前に出た。
「あの、私からも…本当にありがとうございました。」
「……。」
「目が覚めてから、戸惑うことばかりでした。けれど病院の方々に励ましていただいたり、支えてもらうことで私は頑張ることができました。」
頭を下げてもう一度ありがとうございましたと言う。
すると、主治医だった先生が車椅子の私に合わせて膝を折り、目線を会わせてくれた。
「正直、僕としても何回かダメだと思うことはありましたよ。何せ原因がわからなかったんです。」
先生は優しく微笑む。
「霧雨さんがいつもニコニコ笑ってくれたから、僕らも頑張れたんですよ。」
「…私?」
「はい。霧雨さんがどんな時でも諦めずにいてくれたからです。」
……。
「たくさん危ない時がありました。でもそれを全部乗り越えたんです。本当に、不思議なことです。」
…確かに…不思議なことばかりだ。
けれど、全部受け止めて前に進まなくてはならない。
人間が立ち止まっても時間は止まらないし、周りの世界は動き続ける。
「今後も定期的に病院に通っていただくことにはなりますが、とりあえずは退院おめでとうございます。」
先生がにこりと笑う。
その笑顔にうるっと来たが、おばあちゃんたちが深々と頭を下げたので私も下げた。
あんなにずっと居続けた病院を出るのはあっという間だった。
何回か外に出たことはあるけど、これからはずっと外なんだと思うと不思議な感じ。
「、車椅子おそうか?」
「あ、ううん。自分でできる。」
車椅子を前に進める。病院の人に見届けられるなか、私は手を動かした。
暑い。もうすっかり夏真っ盛りだ。
車椅子を懸命に前へ運ぶなか、半袖の服から覗く左腕の刀傷の形に広がったもやのような痣がやけに痛々しく見えた。