第57章 ルピナス
「師範」
暗闇の中で無一郎くんの声がした。
私の隣の布団で眠る彼は、私の右手に自分の左手を重ねた。
「眠れないんですか」
「うん」
「…僕がいるから?」
「………そういうこと、どこで覚えてくるの?」
暗闇の中で無一郎くんがくすくす笑う。
もともと外泊は周りの気配のせいで眠れないことが多いが、最近は眠れない夜が続いているから、仕方ないのかもしれない。
「僕は師範がいるから眠れません」
「ごめんね…?」
「おしゃべりできるから楽しいです。」
………今の中学生ってこんなにませているというか、大人びているのだろうか?それともこの子が特別???
「昔は僕が眠るまで手を繋いでくれましたよね」
「…寝た瞬間、離れてたけど」
「師範がいないから……僕すごく不安になって、ガラスを困らせたなぁ…」
「ふふ、あの子何度も私のところに飛んできたわ。」
「…あの時は師範が僕の世界の全てだったんです。」
「……ずいぶん狭い世界だね。」
「そんなことありません。師範はたくさんのことを教えてくれました。」
無一郎くんは眠たくなったのか、少し話す速度が遅くなった。
「……師範だけが僕に教えてくれたんです」
「…」
それは、私でなくてはならなかったのだろうか。
私以外の人でもできたのではないだろうか。それに、私だって一度はこの子を拒絶した。
でも。
この子がいなかったらと思うと、そんな現実は受け止められないような気がするんだ。
そこから自然と言葉は出てこなかった。
知らず知らずのうちに、私たちは眠っていた。