第56章 時間はない
部屋に戻るときに共同スペースの前を通った。
そこは昔ながらの薪ストーブがあって、ソファーが一つ置かれているだけの質素な空間だった。
私が通ったときには鉄珍様が薪をくべていた。
「外に出とったんか」
私に背を向けているにもかかわらず、そう言われたので驚いた。
「はい。ちょっと電話したくて。」
「そうか。頭は冷えたんか。」
「………。」
「焦ってる顔をしとった。何か、あったんやろ。かりんとう食うか。」
「いりません。」
「あ、そう。」
見抜かれたことに驚いた。…さすが元里長。只者ではない。
「外に出て冷えたやろう。あったまっていくといい。」
手招きをされて、素直にそれに従った。ストーブの近くのソファーに腰をおろしたら、彼も隣にちょこんと座った。
「体をもっと大切にせえよ。妊婦っていうんは、子供の命預かってるんやから。」
「……私、あなたに言いました?」
「見ればわかる。歩き方も仕草もおかしい。それに、ご飯はお前さんが食べても問題のないもんやったはずや。」
……確かに。
言われてみればそうだ。
「気づかなんだか」
「…はい」
「変わらんの。ちょっと間抜けなところも、誰にも本音を言わんところも。」
鉄珍様とこんなに話すのは初めてだった。
会ったこと自体数回しかない。私は何度か刀が欲しいとこの人に言いに行ったけれど、許されたことはなかったから。
「お前さん、ワシを恨んで死んだやろうな。」
鉄珍様は急にそう言い出した。
そして、長い長い話を聞かせてくれた。