第56章 時間はない
私は逃げてしまいたい。
童磨くんの時のことだって消えていない。
病院のベッドで眠るみんなの顔が頭から離れない。私の目の前で事故に遭った桜くんたちも、泣きながら私を叩く優鈴も。
そして、ドロドロした私も消えない。
どうして。
どうしてだろう。
抑えられていたのに。
自分がわからない。
『お前、今どこだ』
電話の向こうからガサガサと音がする。実弥が動いているらしい。ガチャリと、玄関のドアを開ける音が聞こえた。
こんな夜中にどこに出かけるんだろうか?
「知らない」
『は?おはぎもそこにいるのか?』
「いるよ。けど、私、駅の名前見てなかったや。」
『駅?じゃあ、けっこう遠くか。』
「かなぁ」
私はじいっと庭にさく花を見下ろした。
『お前、絶対そこ動くな「ルピナス」…あ?』
「お庭の、ルピナスが綺麗」
夜でも綺麗に見えた。夜風に吹かれてざわざわと揺れている。
『……お庭?』
ルピナスは綺麗なお花。
それなのに、私みたいって言われちゃった。
「………」
可哀想に。
全部全部、私に関わる人は可哀想だ。
「今までごめんね」
『ふざけんな!謝ることなんて何も…』
私はルピナスに目を向けた。
「阿国を、助けてあげてね。私みたいに、なっちゃう前に、お願いね。」
私はさようなら、と加えて電話を切った。
寒さに耐えられず、ひとまず中に入った。
旅館の中は暖かくて、冬の夜に散歩をするもんじゃないなと思わされた。