第56章 時間はない
見知らぬ地で猫一匹と弟子だった子供一人と。
そんな私を、彼が放っておくわけもなく。
(うっわあぁ……)
スマホの履歴を見ると、実弥からの不在着信が鬼のようにあった。
……当然だよね。私だって突然同居人が出ていったらこうする。いや、本当に私は何をやっているんだろうか。
「どうかしました?」
無一郎くんが怪しんで聞いてくるので、私は取り繕うように笑った。
「ちょっと電話が入ってて。外に出てくるね。」
「はい」
コソコソと外に出て、人気のない廊下で実弥に電話をかけた。
彼はワンコール…も待たずにすぐ電話に出た。
『お前今どこだ!!!!!!!!!』
耳がキーンとするほどの怒鳴り声にスマホを耳から離した。
『いつの間にか家にはいねえし、実家に帰るって言うから実家に電話したのにいねぇし!どこで何やってる、雨も降っただろうが!!』
乱暴な話し方だけど、言葉は優しかった。
『とにかく、今すぐ…』
「ごめん」
私はその言葉を途中で遮った。
素直に言っても実弥は変わらなかった。
『謝罪はいいから帰ってこい!お前本当にいい加減にしろよ!!』
まあ、彼らしいと言えばらしい。
けれど私は話せる状態ではなかった。
「ごめん、また連絡する。今は切るね。」
私はそこで電話を切った。実弥はまた電話をかけてきたが、もう私が出ることはなかった。