第56章 時間はない
知り合い、と言われてちょっとだけ嫌な予感がしたんだけど……。
「て………てて、てててててててて」
「鉄珍や」
そこは全員がひょっとこのお面をつけている…というなんとも言えない宿。待って待って待って。
私、ひょっとこのお面にはトラウマしか…。
「この旅館を経営しとる鉄地河原鉄珍や。元鬼殺隊は無料で泊めとる。」
「ああ、はあ、なるほど。」
……私、この人はちょっと怖い。
刀鍛冶から刀をもらったことがない私は、刀鍛冶とは疎遠だった。けれど、この人が刀鍛冶の長ということは知っていたし、誰よりもこの人が私を嫌っていたことを知っている。
嫌われるのはいいけれど、気配というか……なんだか、ピリピリして怖い。
「ゆっくりしたらええ。」
「…あ」
鉄珍様は投げやりにそう言った。
そんな鉄珍様を無一郎くんがじとっと睨んだ。
「受付はこっち」
「わ、私が手続きとかしてくるから、無一郎くんはおはぎをお願いね!」
無一郎くんが何か言い出す前に鉄珍様から引き離した。よし、これで揉め事にはならない。
「ほい、ここに名前を書いて。まあ好きなだけ泊まっていったらええけど、帰るときは声かけてな。」
「はい」
言われるがまま手続きを済ませ、部屋まで案内してもらった。
……って、これ結構いい部屋じゃない!?
「あの、これが無料って…」
「うちは産屋敷家から支援を受け取る。なんともない。まあ、何があったか知らんけど。」
お面越しに、鉄珍様の目が光った気がした……。
ええ、なんかこの人…全部知ってそうで怖い。
鉄珍様が部屋から出ていって、二人きりになったところで無一郎くんがゲージからおはぎを出した。
おはぎは初対面の人には嫌な態度を取るのに、無一郎くんには最初から懐いていた。
「師範、いいお部屋ですね。」
「…そうだね。」
無一郎くんは嬉しそうだった。
「でも……部屋は別々の方がいいかもしれないねぇ」
いくら広い部屋とはいえ、一つの部屋にいるのはまずいと思ってさりげなくそう言った。しかし、無一郎くんは曇りのない笑顔で言った。
「師範と一緒で全然いいですよ?」
ああ、はい。
君はそう言うと思ったよ。