第56章 時間はない
逃げよう、と言われて私たちは駅に来た。
腕を引かれるままついてきたが、無一郎くんが切符を買おうとするところで我に帰った。
「どこに行くの?」
無一郎くんは答えてくれなかった。
電車に猫は乗せることができないので、おはぎは持ち運べるゲージを咄嗟に購入してそこに入ってもらった。
「……なんかすごいことになったなぁ」
「でも僕楽しいです!」
「…そう。」
私はふふっ、と笑った。
まずいのはわかっていたけれど、なんだかもうどうでも良くなってきた。
きっと今の私は頭が働いていない。
「怒られちゃいますね」
無一郎くんも笑っていた。
「なんて言い訳しようか」
「別に、正直に言えばいいんじゃないですか?」
「頭のおかしい奴って思われちゃうよ」
「いいです、僕はそれでも」
ただ意味もなく電車に乗っていると思っていたけど、ちゃんと目的地があったらしい。無一郎くんは私を連れて遠く離れた駅のホームに降り立った。
……あれ?なんでこうなったんだっけ?
ていうか私何に怒ってたんだっけ?
「知り合いがやってる宿があるので行きましょう」
「あ、うん」
よし。
とにかくもう考えるのはやめた。
今はもう逃げちゃえ………。