第55章 いい子いい子
何がしたかったんだろうな。
私は何がしたかったんだろう。
いろんな人と関わってきた。外の世界は広くて、理解できないことが多かったけど。それなりに良いものだった。
愛おしいものが増えたよ。でも、私は、誰かの愛おしいものにはなれない。
お母さん、お父さん。
どこで間違えたのかな。
生まれてきたことかな。
生まれてこなければ、幸せになれたかな。
お腹の子も、そんなことを考えるんだろうか。
そうだな。私はきっとこの子を殴るだろう。怒鳴るだろう。ご飯をあげないで、洗濯物と掃除をやらせて、宿題ができないと家から追い出す。気に入らないと価値がないと言い聞かせて………。
今の私はお母さんとお父さんと同じだ。あの二人にされたことと同じことを実弥にしている。
だってわかんないんだもん。本当にわからないんだ。自分の育った環境以外、知らないから。
アレが正しい世界だ。外の世界は優しいから。
だってそう思わないと、もう耐えられない。私の生きてきた世界はなんだったのかと、苦しくなる。
こんなんじゃ、未来は見えてるよね。
生まれない方が幸せになれたんだ。
いない方が、よかったんだ。
どうして。
どうしてかなぁ。
生まれたいとか望んでないのに。
この子も、可哀想に。
雨が勢いを増し、ドドドと音を立てて地面を叩く。
『帰らないのか』
「うん」
おはぎに話しかけられても依然として冷静だった。
「…でもおはぎはお家に帰すよ」
『いいや。帰らない。』
すりすりと私の手に頬を寄せてくる。
『お前のそばにいる。』
「……」
『今度こそ一緒だ。』
今度こそっていったいいつの話をしているんだろう。
「もう私、ダメかもしれない」
『ああ』
おはぎはすっと目を閉じた。
『お前がダメなら、俺もダメになるよ』
その声が優しくて、あたたかくて。
私の目からぽろりと涙がこぼれた。
「………」
私は立ち上がった。
大雨が降る屋根の外へと私は足を踏み出そうとした。