第54章 痣、燃ゆる
トン、と音がして目を開けた。
実弥が帰ってきていて荷物を下ろした音らしい。…1時間くらい寝てたかな。
「悪い、起こしたか」
「ううん」
起き上がると、おはぎがブスッとして私を見上げていた。手を伸ばすと、待ってましたと言わんばかりに私に飛びついてきた。
寝起きでぽやあっとしてまだ意識がはっきりとしない。
「もう一回寝るか?」
「…いや、起きてる」
私は立ち上がって自分の部屋まで戻った。
壊れたスマホは実弥が入院中に買い直してくれたので外部との連絡は幸い取れている。
たまっていた仕事も時にはない。もう無理に仕事をする必要も無くなったので、無理のない範囲でしか仕事を受けていないから。
おはぎを抱いたまま部屋の椅子に腰掛けて天井を見上げる。
何もやることがなかった。
いや、やらないといけないこととか考えないといけないことは山ほどあるはずなのに。
パソコンを前にぼうっとしていた。おはぎは不思議そうにそんな私を見上げていた。
「……」
何もすることがなくて、ただぼうっとしていられる。
私はそのことに何よりも安堵していた。
「おはぎ、あなた大きくなったわ」
「にゃあ」
「そうね。それだけ時間が過ぎたのよね。」
時間が過ぎれば、色々変わる。変わったものは戻らないほどに壊れて、壊れて、それでもまだ繋がったままでいられる。
知らなかった。
私は壊れたものは壊れたままだと思っていたから。
ずっと嫌われていた。ずっと遠ざけられた。そのことを不愉快に思ったりはしないけれど、ただただ悲しかったのだと、生まれ変わってから気がついた。
誰もそばにいてくれないのが辛かった。きっとみんな私より早くに死んでしまうと思ったから。
終わりたかった。
なんでもいい。この人生が終わるならなんでもいいとずっと思っていた。消えてしまいたいと。
そんな私にも生きようと言ってくれる人がいた。
だから生きて、生きて、生きて…。
その先に、一体何があったのか、今ではよく思い出せないけれど。