第53章 心通わせ
宇髄先輩の次は無一郎くんが来た。
一人でここまで来たらしく、ニコニコの笑顔だった。
「師範、もう僕と一緒にいたくないとか言いませんよね」
しかし最初にひどく冷たい真顔でそう聞かれ、私は大人しく頷いた。
もう逃げたりしない、ちゃんと向き合うよ、と伝えると無一郎くんはとても喜んでいた。
ああ、私の負けだ。
相変わらずこの子は私の先を行く。
最初は私がいないとダメだったのに、次第に私の手なんか握らなくなって、たった一人で私の横を通り過ぎて、どこまでもどこまでも真っ直ぐに走っていった。
その背中に刻まれた『滅』の文字を見た時、どれだけ誇らしく、嬉しく、愛おしく思ったことか。
そんな背中を引き止めることができず、私はその背中を押してしまった。
それが正しかったのか、今はわからない。それがこの子を不幸にしたのかもしれない。
けれど、無一郎くんの背中を押せたことが、私の幸せだった。
この子の成長が私の幸せだった。
そのせいで不幸になったかもしれない。私のせいで死んでしまったのかもしれない。
それでもいいんだ、と。無一郎くんは言ってくれた。一緒にいると言ってくれた。
「師範、赤ちゃんが生まれたら僕にも抱っこさせて。ね、いいですよね、不死川先生。」
実弥はプイッとそっぽを向いた。
「これ、『いいよ』って言ってるんですよね。」
無一郎くんがそんなことを耳打ちしてくるからおかしかった。実弥は何を話しているんだと言ってきたけれど、構わなかった。
「僕、学校で不死川先生の奥さんと知り合いなんだって自慢してるんです!みんな毎日いろんな話を聞いてきて、師範がどんなに美人ですごい人か話してるんですよ。」
しかし、この発言には黙っていられなかったようだ。
「今、シナセンの結婚のお祝いしなきゃって…あっ、これ言っちゃダメだ。」
もはや実弥は話を聞いていない。
この前、『とゆっくり話し合って、きちんと皆に話を通しておいで。それが筋だよ。』と理事長に言われて実弥は今お休みをもらっている状況だった。
ああ、こんなに言いふらされては、復帰後が思いやられるだろう。
実弥は頭痛がすると言ってふらふらと病室を出て行った。無一郎くんは首を傾げてその背中を見送っていた。
…実弥、学校でシナセンって呼ばれてるんだ。吹いちゃった。