第52章 今も、昔も
瓦礫に圧迫されている左腕の感覚が消えていく。
まずい状況だということはよくわかった。
「ごめん、ねぇ…」
そんな時、口から出てくるのは謝罪の言葉だった。
「私は、鬼殺の世界しか知らなったから……鬼殺のことしか教えられなかった…」
ポロポロと言葉が口からこぼれ出た。
「……私…優しくできてなかったよね、厳しいことばかり言って、ごめんね…」
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「本当は、もっと、君と…遊んで、楽しいことがしたかったよ」
無一郎くんが握る右手の上にぽたり、と水が垂れた。……おかしいな。雨は降ってないはずなのに。
「……でもねえ、それは、許されなかったんだぁ…。私は、鬼に、なるから、みんなと、決別しないといけなくて、だから、ほんの二ヶ月で、君を、強くしなきゃって、鍛えようって」
自分でも何を言っているのかよくわからなくなる。
意識がだんだん遠のいていくのがわかった。
「どうか…この子が、1年後も、10年後も、何十年後も…天寿を全うするまで、生き抜くことができるように……」
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「…生きていて、ほしかったの」
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「私がいない場所でも、君が、しっかり前を向いて生きていてくれれば、それが、私の、幸せ」
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私は
「お願い、だから」
私は
「君の、幸せを」
私は
「私に、願わせて」
私は
「一緒に、いたら、自分、のし、幸せまで、私、望んでし、まうの」
ぽたりぽたりと次々と雫が落ち、私の手を濡らしていった。
一緒にいればお互いが幸せになれるなんてこと、もうとうの昔に私たちは理解している。
けれど。
私は、何よりも大切なこの子を、いつしか自分の幸せのためにないがしろにするだろう。
全部実弥に教えてもらったよ。
誰かと一緒にいるっていうのは、そういうことだって。
「師範、僕だって、いつもあなたを」
聞こえてきた無一郎くんの声は震えていた。
「あなたを、想って、会えることを願って、会いたくないって、会えないって、その気持ちが分かっても、あなたと一緒にいることを望み続けて」
ああ、この子は泣いているんだと。
その時初めてわかった。
「師範の幸せを、僕が奪っちゃいけませんか」
無一郎くんは泣いていた。
その涙を拭えもしない私の手を、痛いほど握っていた。