第51章 リスクヘッジ
「何ともない?」
目の前にいる無一郎くんに聞くと、彼は瞳を揺らしながら頷いた。
「そう。じゃあ、もうここから出たほうがいいよ。」
まだ頭痛も耳鳴りも続いていて、油断ができない状態に変わりはなかった。
「し、師範も」
「それは無理」
私の声は掠れていた。
ああ、無傷で済んだと、思ったんだけど。
痛みは自覚した途端襲ってくるものだ。
「私はもう動けない」
「…!!」
ぽた、と液体が地面に落ちる音が体育館に響いた。
左腕にかすったらしい。服が赤く染まり、地面すらも染めていく。大したことはないがダメな血管を切ったのか出血が酷かった。
「師範、呼吸で止血を…」
「いいから」
「……」
体がいうことをきかなかった。これ以上は動けない。無理に体を動かしたからいうことをきかない。
今の私は万全な状態ではない。
これが、私にできる精一杯だった。
「君たちを守ることができてよかった。」
「し、はん」
「はやく行って。多分、もう一回落ちてくるから。」
天井からはピキピキとまた嫌な音がしていた。
私は全く動かない左腕をだらんと垂らしたまま冷たい体育館の床に座り込んだままでいるしかなかった。
「あなたが死ぬなら、俺もここで死にます」
「……何を」
「今生こそ、生きるときは一緒です、死ぬ時だって。いつでもいつまでも俺はあなたと一緒です。」
だから、と無一郎くんは懇願した。
私は言葉を失った。
その時、天井から一際大きな音が聞こえて、また瓦礫が落下してきた。
私は動けずにいた。
________風の呼吸
乱暴な勢いをまとう風を感じ取って、私は動く右腕で無一郎くんを庇うように抱きしめた。
風が吹き荒れる中、吹き飛ばされないように踏ん張る。小さな瓦礫が皮膚を切り裂いて体中に痛みが走った。
それでも私は落ち着いていた。
「…誰が、死ぬって言ったのよ」
私は小さく呟いた。
「悪い、遅れた」
体育館に飛び込んできた実弥は、私を振り返ってそう言った。