第50章 鬼、鬼、鬼
そうだったーーー私もう霧雨じゃないんだ、不死川なんだ。
…今更実感するだなんてどうかしている。
ていうか皆が霧雨って呼ぶから…それを否定しないままここまでくるとは…あっ、やば。
そういえばそのことも実弥と話さないといけないんだった。
「うん、赤ちゃんもあなたも元気いっぱいね」
考えを巡らせていた時、先生の声でハッとして正気を取り戻した。
「あの、もしですよ。」
「なあに?」
「もし何かあったら、赤ちゃん優先にしてもらっていいですか?」
「えっ?」
先生はキョトンとしていた。
あ。全然正気に戻ってなかった。脈略もなくこんなこと言うもんじゃなかった。
「どういうこと?」
「あ、えっと、その、もしもの話で…」
おろおろとする私に先生は優しく微笑んだ。
「うんうん。初めての妊娠で心配よね。大丈夫よ。そういう人よくいるから。」
「……はあ。」
「心配しなくても、健康そのものよ。」
先生はいつものように優しい声音でそう言ってくれた。
「そう、ですか。あの、でも、本当に…何があっても、赤ちゃんを頼みます。」
「……わかったわ。こう言ったら安心してくれる?」
私が頷くと、先生も頷いた。
「えーーっと、今更なんですけど。一つお聞きしたくて…。」
「はいはい、何かしら」
その後も滞りなく診察は行われた。
私は先生にお礼を言って病院を後にした。
巌勝は家に着くとホッとしたように息を吐き出した。
「次の病院は不死川に頼め」
「うん。平日じゃなくて休日に次の予約入れてきた。それよりも…」
「何だ」
私はぎゅっと手に力を込めた。
「巌勝、なんと私も不死川なの」
「………」
彼はしばらく黙った後、ハッとしたように目を開いた。
「そういえばそうだったな」
「だよね!?だよねだよね!?絶対忘れてたよね!?!?!?」
「ああ。」
あまりにも真顔で言うので、本気で忘れられていたことを知る。まあ当の本人である私も忘れていたんだから、仕方のないことかもしれない。
「ねえ、お使い頼んでもいい?」
「…いきなりなんだ。私はお前の家政婦ではないぞ。」
「買ってきて欲しいものは…」
「話を聞け」
その後、ぶつぶつ言いつつも巌勝は私の言ったものを買ってきてくれた。…なんだかんだ優しいよね。