第50章 鬼、鬼、鬼
実弥を見送るとおはぎが足元に擦り寄ってきた。
「おはぎ」
抱き上げると、嬉しそうに鳴いた。
「あなたがいてよかった。寂しくないもん。」
ぎゅうっと抱きしめる。おはぎは暖かくて、それだけで泣いてしまいそうになった。
自分の感情が落ち着いてからおはぎを解放し、病院へ行く準備を始めた。
10時前にマンションのエントランスに降りると、そこにはもう巌勝がいた。
「私は病院の駐車場までしか送らないしついていかない。いいか。陽明からはそれでいいと言われている。」
「…全然それで構わないけど」
いや、むしろついてきてとも送ってくれとも頼んでいないのですが。
「では行くぞ」
まるで戦に行くのかと言いたくなるほどの気合に頷くしかなかった。…おお、そんなに嫌か。
まあ自分の子供もいないのに男の人が…しかも、赤の他人の女に連れ添って産婦人科に行くのは意味わからんよな。パニックだよね。
と、ピリピリした雰囲気のまま病院へ到着。巌勝は最後にギロリと私を睨んだ。
「誰に見られていてもお前とは全くそんな関係ではないし私はそんなことはしていないと余計なことは言わずに否定しておけよ」
「…うっす」
ノンブレスで捲し立てられ、私は小さくそう答えた。…まあ、男女で産婦人科に来てたらそういう風に見られるよね。…いくら緊急事態とはいえタクシー代わりみたいにするのは今後やめておこう。
(私のストレスに直結していることも確かだし。)
ため息をついて病院の受付に行き、名前を呼ばれるまで待った。周りでは平日でも男の人が付き添っている妊婦もいた。
実弥は今仕事かあ…。
生徒をぶん投げてないといいけど。
「不死川さーん」
「……」
「不死川さーん?」
私はギョッとして立ち上がった。その時、カバンを落としてしまって荷物を全部ぶちまけた。
全員が振り返って私に視線を向ける。
「……すみません」
ワタワタと落ちた荷物を拾い上げた。そこにいた人たちが落ちたものを拾ってくれた。…ああ、なんていい人たちだろう。
「顔が赤いですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫です…」
そう言いつつも顔が赤いのはきっと直っていないだろう。