第45章 傷が消えるまで生き抜いてー過去の記憶ー
山の麓まではそう遠くはなかった。麓では男の子と女の人を待っていた村人たちで大賑わいだった。
私はそれを見てくるりと背を向けた。
「イクノ?」
「あの二人の要望には応えました」
「…ア、チョット」
烏は戸惑っているようだった。私は麓の村に背を向けて歩き出した。
「チリョウヲ、タノンダラ、イインジャナイ?」
「なぜですか」
「チガ、デテルヨ」
そう言われて頬に手を添えた。…本当だ。頬を触った手が真っ赤に染まっている。
「モウ、ズット、ヤスンデナイ。セメテ、キュウケイ、サセテモラオウ。」
烏は私の服をクチバシで引っ張った。
「行きます、烏。ここに用は、ないのです。」
「…カラス、ジャナイヨ。イチスケ。、ナマエ、クレタ。」
「……いちすけ…一介」
…そうだ。ずっと昔に読んだ本の登場人物だった。一介。そんな名前つけたっけ。
「あなたは烏。一介でもある。」
「ソウ、ダヨ。」
「私は霧雨」
ゴシゴシと頬をこする。血はまだタラタラと流れていた。
「……わたし、からす?」
「…チガウ、ヨ?」
「そっか」
ゴシゴシ。ゴシゴシ。
うっとうしくなって途中でやめた。
「……」
一介は私の服を引っ張るのをやめて肩にとまった。
「ボクガ、キミノ、カスガイガラスダト、ダメミタイ。」
「ダメなのですか」
「ウン。」
バサっと翼を広げた。
「ホカノ、カラスノホウガ、キミニハ、イイカモシレナイ」
そして私の肩から離れた。
「ボク、キミヲ、リカイデキナイ」
一介は続けた。
「ホンブニ、ハナシヲスル。チガウカラス、キミノ、タントウニ、シテモラウヨ。ソレマデ、アノムラカ、コノヤマニイテ。」
そう言って、彼は羽ばたいていった。私は二度と会えないような気がしたが、ただその姿を見送った。
私はぼんやりと歩き始めた。
日が登る頃には、山を出て他の地域に向かっていた。